Vol. 3 — イベントは「信頼のエンジン」イベントを信頼構築につなげる、日本市場ならではの考え方
- 2025年 12月 23日 -

Marc Einstein氏は、日本のテクノロジー市場で15年以上の経験を持つアナリストです。3回にわたるインタビューの最終回では、日本市場でなぜ「イベント戦略」が不可欠なのか、そして一般的なイベントから脱却し、質の高い信頼関係を築くための実践的なアプローチを解説します。
日本市場でイベントが重要な理由
―まず、このテーマ「ブースからビジネスへ」に焦点を当てたいと思った理由は何でしょうか。なぜ、日本市場ではイベントがこれほど重要な役割を果たすのでしょうか?
Marc Einstein氏:
物理的なイベントは他の多くの国よりも重要性を増しており、業界イベントの量が驚くほど多いからです。東京では、理論上、毎週どこかで関連性の高いイベントに参加することが可能です。私の経験上、一度でも対面で会ったことのある相手の方が、遥かにミーティングを受け入れてもらいやすくなります。日本では見ず知らずの相手からのメールへの返信率が極めて低いからです。イベントは、その最初の個人的な接触を効率的かつ自然に生み出す「信頼のトリガー」として機能します。
イベントで信頼のレベルを上げる
―あなたはイベントを「信頼のエンジン」と表現されています。単なるリード獲得の場ではなく、どのように「信頼」に貢献するのでしょうか?
Marc Einstein氏:
見込みは、あなたが日本でで一定の存在感を持っていることを求めています。他の市場以上に、見込み客はあなたの会社が「逃げない」ことを確信したいのです。私はアナリストとしてCESやMWCなど世界の大規模テックイベントを毎年回り、「どの企業が出展しているか」「ブースの規模がどう変化しているか」を見ています。ある年には大きなブースを構えていた企業が、翌年には小さなブースになっていたり、そもそも出展していなかったりすると、「今年は予算が厳しいのではないか」「この市場での優先度が下がったのではないか」といった見方が一気に広がります。そうした意味でも、イベントへの継続的なプレゼンスは、単にリードを獲得する場というだけでなく、「この会社は真剣で、健全にビジネスを続けている」というサインになるのです。ライブイベントに参加し、ブースを構え、そこで現地の人間と対面で会話できるという事実は、本社が日本市場にコミットしていることの物理的な証明になります。この「日本でのローカルな存在感」の有無が、顧客があなたの会社と協業することへの安心感、つまり「信頼」のレベルを大きく左右します。
ABMラウンドテーブルの罠:競合を同席させない設計
―近年、ABM(アカウントベースドマーケティング)の一環として、クローズドな「ラウンドテーブルイベント」が人気ですが、これには「罠」がある、と警告されていますね。具体的にどのような罠でしょうか?
Marc Einstein氏:
最大の罠は、「競合他社を同席させること」です。例えば、本社が6Gについて議論したいと希望し、「ドコモ、ソフトバンク、KDDI、楽天を連れてきてほしい」と言ったとしましょう。しかし、彼らは競合他社の前で自社の戦略や真の課題について話すことはありません。本当に価値ある対話、すなわち顧客の本音を引き出すためには、完全に個別的でプライベートな環境が必要です。競合が存在する場では、深い戦略的な議論を行う意味はありません。ABMラウンドテーブルを成功させたいのであれば、「誰を集めるか」以上に、「誰をあえて同席させないか」を設計することが重要です。同時に、体験のクオリティを一段引き上げることも不可欠です。一般的なコースディナーやありふれたノベルティでは、トップエグゼクティブに足を運んでもらう理由としては弱すぎます。本当にCレベルの意思決定者に来てもらいたいのであれば、例えばチャーター船を使ったプレミアムなイベントといった「特別な体験の提供」に加えて、経営層が比較的時間を確保しやすい朝の時間帯に設定するモーニングセッションなど、エグゼクティブに向けた工夫が必要になります。大量の安価なリードを追いかけるのではなく、明確に絞り込んだ対象に対して、高密度な対話を生む体験にマーケティング予算を集中させる方が、長期的にははるかに高いリターンをもたらします。

イベント成功のKPIは「関係性の勢い」
―イベントの成功を測るKPIは、従来のリード数から変えるべきだと主張されています。どのような指標を追うべきでしょうか?
Marc Einstein氏:
成功のKPIは、即時のROIや、ブースで集めた名刺の数であってはなりません。それは「長期的な関係性の勢い(Relationship Momentum)」で測るべきです。追うべきは、意味のある会話の数、イベント後に具体的に形成された新しいパートナーシップの数、そして顧客から受けた将来の議論への招待の数です。日本の営業サイクルは長いので、イベントは短期的な売上ではなく、その後の関係構築のきっかけと見なすべきです。リードリストを作って終わり、ではなく、「そこからどれだけ本当のビジネスに育ったか」を継続的にトラッキングすることが重要です。
「約束したことを実行する」一貫性
―最後に、イベント戦略全体を通して、日本で信頼を築き、ビジネスに繋げるための「黄金律」を一つに要約すると何でしょうか?
Marc Einstein氏:
非常に単純ですが、最も重要な原則は「約束したことを実行する」ということです。これは、製品の機能やロードマップといった大きな約束に限らず、むしろイベント後の「小さなフォローアップ」にこそ強く現れます。多くのグローバル企業は、本社側のプレッシャーもあって、大きな約束をし過ぎ、その後の「小さな約束」をなおざりにしがちです。日本では、こうした振る舞いは信頼を急速に損ないます。逆に、あえて控えめに約束し、その代わりに一つひとつ確実に守る企業は、それだけで大きな差別化要因となります。日本市場では、「静かで、一貫した信頼性」――黙々と約束を守り続ける姿勢こそが、最終的な決定要因になるのです。





