Vol.1Mattermost CEO イアン・ティエンが語る、
日本進出を導いた「需要のシグナル」
ENJINスタッフ執筆
- 2026年 4月 28日 -

日本市場への参入は、多くのグローバルテック企業にとって大きな戦略判断となります。最初に拠点を構えるべきか、人材を採用すべきか、それともパートナーを探すべきか。Mattermost 社は、そのいずれとも異なる道を選びました。CEO のイアン・ティエン氏は、かつて働いていた Microsoft で「日本はアメリカと同じように見てはいけない市場だ」という学びを得ました。現在は Mattermost 社において、製造業、政府、重要インフラ、防衛といった、高いセキュリティと統制が求められる現場のためのコラボレーション基盤づくりを率いています。
なぜ Mattermost は、「まず法人ありき」ではなく、「需要が見えてからの参入」を選んだのか――今回のインタビューでは、その意思決定の背景をひもといていきます。
「日本はアメリカではない」──原点となった学び
― まず、イアンさんご自身のご経歴と、Mattermost を率いるうえで大切にしている視点を教えてください。
イアン・ティエン氏 :
私にとって非常に大きかったのは、Mattermost の前に Microsoft で働いていた経験です。Microsoft では、日本は創業初期から非常に重要な市場として位置づけられていました。
その中で私が学んだのは、「日本はアメリカと同じようには見てはいけない」ということです。求められる品質の高さ、長期的な信頼の重み、そして顧客が感じるリスク。そのどれもが、他の市場とは明らかに異なっていました。この経験は、Mattermost として日本市場を考える際にも強く影響しています。
私たちはもともと、ミッションクリティカルな現場で働く人たちに、より良い技術を届けたいという思いを持っています。製造業、政府、重要インフラ、防衛といった分野では、高いセキュリティや閉じた環境が求められる一方で、一般向けのツールや、逆にセキュリティ重視の不便な仕組みを使わざるを得ないケースが少なくありません。
だからこそ私たちは、そうした制約下でも使える、先進的で安全なコラボレーション基盤を提供したいと考えています。日本市場への参入も、単なる地理的な拡大ではなく、私たちのミッションと直結した動きでした。
日本法人は「始まり」ではなかった
―Mattermost の日本参入は、一般的な「海外進出」とは少し違う形だったそうですね。
イアン・ティエン氏:
その通りです。私たちの場合、「ゼロから日本に入った」というよりも、「日本法人を設立する前から、すでに日本で使われていた」という表現のほうが正確だと思います。
日本のお客様は、私たちのオープンソース製品を自ら見つけ、セキュリティや技術面を評価してくれていました。日本オフィスを開設する前から、すでに信頼関係とビジネスが存在していたのです。
そのため私たちも、「ここで成功できる」という手応えを持つことができました。日本法人は出発点ではなく、すでに積み上がっていた関係を、より本格的な形にするための次の一歩でした。
オープンソースが生んだ最初の接点
―実際には、どのような形で日本市場との接点が生まれていったのでしょうか。
イアン・ティエン氏:
最初に提供したのは、無料で使えるオープンソースの製品でした。日本でも、韓国でも、アジア全体でも、少しずつ利用者が増えていきました。
無料で使えるため、導入のハードルは高くありません。使いながら価値を見出してもらい、「これでは足りない」「もっと本格的に使いたい」と感じた段階で、本社に問い合わせが来るようになります。
日本では、その後リセラーを通じた購入の流れもできていきました。私たちにとって重要だったのは、そこに明確な「買いたい」というシグナルが見えたことです。法人を設立する前に、そのシグナルが立っていた。それが非常に大きかったと思います。
「進出したい」ではなく「求められている」状態
―つまり、「日本に入りたい」という意思よりも、「日本で実際に欲しがられている」状態が先にあったと。
イアン・ティエン氏:
はい、その通りです。最初から大きな投資をして、「さあ、売ります」と始めたわけではありません。
ユーザーが自ら製品を見つけ、使い始め、自分たちの業務に合わせて適応していく。その中で、「これは必要だ」という意思が見えてきた。そのタイミングで、リセラーとも連携できるようになりました。
最も重要なのは、顧客が本当に欲しているかどうかです。顧客が欲していれば、パートナーも自然と動きます。逆に、その需要が弱いまま商流だけを整えても、うまく機能しないことが多いと思います。

CEOの仕事は「顧客が感じるリスク」を減らすこと
―日本では、製品そのもの以上に「この会社は本当に残るのか」が見られる印象があります。
イアン・ティエン氏:
まさにその点は非常に重要です。日本のお客様は、製品スペックだけでなく、「この会社は日本市場にコミットしているのか」を見ています。
実際、アメリカの企業が日本に進出し、数年後に撤退してしまい、顧客がサポートを失うケースもあります。日本のお客様にとって、それは非常に悪い体験です。
だからこそ、現地法人を設立すること、何度も日本に足を運ぶこと、日本企業と仕事をしてきた人材を置くこと、信頼できるパートナーと長く取り組むことが重要になります。結局のところ、私の役割は「お客様が感じるリスクを減らすこと」なのだと思っています。
日本企業との長期的な関係が生んだ信頼
―日本の有力企業との長年の関係も、大きな意味を持っていたのではないでしょうか。
イアン・ティエン氏:
はい。日本の大手ITサービス企業が、長年のユーザーであり、同時にパートナーでもあったことは、私たちにとって非常に大きな意味がありました。
単に使ってもらっていただけでなく、日本が期待する品質レベルについて多くを学ばせてもらいました。日本市場で求められる水準に届くには、製品を持ち込むだけでは足りません。実際に使われ、支えられ、何度も実証される必要があります。
そうしたパートナーと一緒に動き、こちらも本気でコミットする姿を見せることが、信頼形成につながったのだと思います。
他の海外企業が学べること
―このモデルはかなり特殊にも見えます。海外企業にとって、どこが参考になるでしょうか。
イアン・ティエン氏:
確かに、私たちのケースにはユニークな要素があります。日本法人を設立するかなり前から、すでに顧客や取引関係が育っていましたから。
ただし、学べる点もあります。ひとつは、最初からすべてを自分たちで抱え込まないことです。私たちはまず、日本市場を深く理解しているアドバイザーを迎え、戦略を考えました。そのうえで、現地で実行を担う人材を少しずつ加えていきました。
とくに日本では、「何を売るか」と同じくらい、「どう入るか」「誰と入るか」が重要です。この点は、多くの企業にとって参考になるのではないでしょうか。





