海外イベント放浪記「NVIDIA GTC 2025」
阿部 晴佳

イベント視察を通じて「僕らの真髄」に立ち返る
NVIDIAが米カリフォルニア州サンノゼで開催した開発者向けカンファレンス「GTC(GPU Technology Conference)」に参加してきました。
GTCは、NVIDIAが年に一度主催するグローバル規模のテックカンファレンスで、AI・ロボティクス・半導体など、最先端の技術とその応用事例が一堂に会する場です。現地には25,000人以上が集まり、オンラインでは30万人を超える参加があったとのこと。まさに“今のNVIDIAのすべて”を体験できるイベントです。
もともとは、製品やソリューションの発表の場という印象が強かったのですが、実際に足を運んでみると、それ以上に「イベントそのものがひとつの巨大なUX(ユーザー体験)」としてデザインされており、非常に示唆に富んだものでした。
ということで今回は、“いちイベント支援会社の目線”で、現地で感じたことをレポートしてみようと思います。イベント企画・制作に関わる皆さんのヒントになれば嬉しいです。
渡米前に「NVIDIA GTC」アプリで気分を高める
日本でカンファレンスを企画する際、イベント専用アプリの導入を提案することはあるけれど、「ほんとに使ってくれるの?」「ダウンロードのハードル高くない?」という不安の声が多く、なかなか採用されません。
でも、今回のGTCアプリは、かなり作り込まれていて、本気度も高かった。
セッションカタログやスケジュール登録機能に加えて、「Express Check-in」という顔認証チェックイン機能まで搭載。テーマパークのファストパスのようなスムーズさで、テクノロジーの祭典にふさわしい体験設計がされていました。
「NVIDIA GTC」アプリ:Meetup 予約画面 / 登壇者プロフィール検索画面
さらに面白かったのが、参加者同士の交流を促進する設計です。特に驚いたのは、登録者のプロフィール検索機能。会社名・役職つきで検索でき、DMやグループチャットも可能という仕様でした。
これは、パートナーセールスを重視するNVIDIAだからこそできる設計なのかもしれませんね。
このように、イベントに行く前からアプリを軸に“参加体験”が始まっていたのが印象的でした。
Day1:街全体がイベントメディア
サンフランシスコ国際空港に降り立ち、車でサンノゼへ。道中では、Waymoの自動運転タクシーがあちこちを走っていました。車体がジャガーだったのが、ちょっと不思議に感じました。滞在中に乗ってみたかったなー。
Waymo の自動運転タクシー
市内に入ると、まず目に入ったのがSalesforce Tower。通りを挟んで向かいにはOkta本社があり、その周囲にはSalesforce West館やXXX館などの関連ビルが並んでいて、ブロック一帯が“Salesforceタウン”のような雰囲気でした。
Salesforce Tower / Okta 本社
この日、特に印象的だったのは、Freeway沿いの屋外広告。
「Enterprise AI」「生成AI」といったワードが踊る大型サインが、BtoB企業によって一面に展開されていて圧巻。日本ではBtoCの広告文化が主流なので、こうした光景はなかなか見られません。
これが地域特性なのか、あるいはGTC開催に合わせた戦略的な展開なのかは定かではないけれど、日本では見かけないスケール感だったのは確かです。
屋外広告
Day2:チェックインすらUX設計の一部
イベント前に届いたアナウンスメールは、事務連絡だけでも10通以上。印象的だったのは、「当日はこんな楽しいことがあるよ!」という、ワクワク系のアナウンスが多かったことです。単なるリマインドではなく、イベントへの期待感を高める仕掛けが詰まっていました。
アナウンスメール
会場到着後は、事前にアプリで顔写真と個人情報を登録していたので、現地では顔認証によるExpress Check-inで受付。1秒でバッジが印刷され、ネックストラップとドリンクチケットが渡されて完了。名前を伝える以外は人と話すこともなく、並ぶ必要すらありませんでした。
しかも、この受付端末は空港や複数の出入口に分散して設置されていて、「受付で並ばせない、待たせない」ということに対してのプライオリティは高かったように感じました。
受付カウンター / 会場エントランス
ちなみに、上記右に写っているサンノゼコンベンションセンターは、主に展示ホールと小規模セミナー会場として使われており、CEOによる基調講演が行われたSAPセンターは、ここから徒歩で20分ほどの場所にあります。
会場導線も、コミュニケーションも「全部デザイン」
会場に入ると、イベントのブランドバナーがつり下がり、階段にはタイアップステッカーが貼られ、メイン会場ではスポンサーのつり下げバナーが短冊のように連なっていました。
会場内の装飾
また、会場のいたるところに電光掲示板や、会場全体マップが描かれた柱巻きサインがあり、視覚的に迷わないように誘導サインが設計されていました。
他にも、Google CloudのDJブース、Dellの充電ステーション、そしてこの日はAWSが担当していた日替わりのコーヒースポンサーなど、ブランド露出がさりげなく場に溶け込むように仕込まれていました。
誘導サイン
「Ask the Expert」コーナーでは、事前予約制で登壇者/出演者と1対1のセッションが可能。そして、意外と人が集まっていたのがNVIDIA公式グッズショップ。常にレジには行列ができていました。
スポンサーによるプロモーション
Ask the Expert / NVIDIA公式グッズショップ
野外会場「GTC PARK」もUX設計の延長線
屋外には「GTC PARK(*MAP③)」と呼ばれる野外スペースがあり、ランチの配布や夜のバンド演奏など、フェス的な要素が盛り込まれていました。
MAP / GTC PARK
野外ステージの前に建つMicrosoft Azureの2階建てブースは、日本ではなかなか見られないスケール感。この野外エリアを含むすべての誘導・案内はアプリで管理されていて、まさに「空間全体がUX」だと感じました。
Microsoft Azure の2階建てブース
会場へのアクセス誘導
Day3:Keynote の“待機”から演出は始まっている
SAPセンターで行われた基調講演。2万人収容の会場には、夜明け前から列ができていたとのこと。Keynote開始の1時間前にはすでに満席となり、サテライト会場への誘導が始まっていました。
基調講演会場
午前8時頃から、プログラムには記載されていなかった“テレビ番組風のFireside Chat”が会場前のスペースでスタート。マイケル・デル(Dell CEO)、ServiceNowのCEO、理研の松岡センター長など、ビッグスポンサーのCxOや半導体分野の有識者が登場し、テクノロジーの未来について語りました。
このセッションがスポンサー枠だったかどうかは不明ですが、2万人+オンライン視聴者数十万人に届ける絶好の露出機会になったに違いありません。
会場内に入ると、LED演出や照明、テンションの上がるBGM、朝食の軽食配布に加えて、豪華なセッションの連続。「待つこと」自体が体験になる仕掛けが満載でした。
Day4:展示ホールは、"体験の集合体"
スポンサー
AWS ブースでは、キューブ型LEDビジョン* にメッセージが表示。Lenovo ブースでは、水冷サーバーのPRのためか大型サイネージにサーバーの筐体と滝が交互に投影。CloudFlare ブースでは、有名ゲーム機の抽選会が行われるなど、“視覚・体験・話題性”をどう設計するか、が問われる空間となっていました。
GTCの展示ホール(EXPO)は、基調講演翌日の午後からオープン。150社以上のスポンサーが出展し、ブースのサイズもデザインもカスタマイズ自由のようでした。
*キューブLEDヴィジョンの参考イメージ:[YouTube] ユニクロTOKYO マロニエゲート キューブ形LEDビジョン
スポンサーエリア
レギュレーションが厳しくなく、自由度が高いぶん、主催側のディレクションは相当大変だったのではないかと想像します。二階建てOKのブースを数十社分、すべて主催側が設営対応していたわけで、日本のイベントではまず考えられない規模感です。
NVIDIAのエリアは、常に人だかり。ロボティクスエリアでは、フィジカルAIのプロトタイプやデモ展示も行われており、製品そのものを“体感できる場”になっていました。
また、各メディアが共有で使用できる特設配信ブースも設けられており、CEOインタビューや最新ニュースをリアルタイムで生配信できるようになっていました。
NVIDIA エリア
スタートアップエリアの“熱量”
スタートアップの展示エリアは各ブースがコンパクトでしたが、かなりの社数が出展していて、会場はにぎわっていました。
日本のBtoBイベントでは、「企業がIT製品を探しに来る」という来場目的が主流で、「企業=買い手/ベンダー=売り手」という一方通行の構図になりがちです。
でも、GTCのようなイベントでは、技術者の来場が多く、会場そのものが「学びの場」として機能しているように思いました。
まだ認知されていない製品やテクノロジーを学びに来る技術系来場者、自分たちのビジネスにディスラプションを起こしてくれそうなモノを探しに来る経営層、そして、そうした来場者の意見を聞いてさらに製品をブラッシュアップし、世に広めていきたいスタートアップ企業。
こうした三者が交わり、Win-Winの「共創空間」が生まれていたのが印象的でした。そんな熱気を感じました。
スタートアップ展示エリア
最後に:イベントを“つくる”側として得たこと
GTCはとにかく巨大。目新しいものはたくさんありましたが、やっていること自体は、日本のイベントでも十分に実現できることばかり。きっと猿人でも、日本開催のスケールに合わせたアイデアや、その実現は可能だと思います。
印象的だったのは、“町をイベント一色にするレベルのプロジェクトマネジメント力”。まるで小さな町を一週間限定で作り上げたようなもので、見た目は華やかでも、その裏には膨大な調整、段取り、設計、チームビルディングがあったはずです。
このレポートは、あくまでイベントを構成する「パーツ」の紹介にすぎません。でも、これらのパーツをどうプロジェクトに組み込み、どう“流れる体験”として実装するか——
それこそが、イベントマネジメントの本質なのではないでしょうか。
ちょっとのぞいただけのはずが、帰ってきた頃には「自分たちがやるなら、どう昇華するか?」を真剣に考えていて。そんな、原点に立ち返る旅になりました。
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