Vol.1

日本市場参入の成否は、戦略の前に「信頼」で決まる
―nCino Japan 野村氏が語る、キャリアとリーダーシップの原点

ENJINスタッフ執筆
- 2026年 5月 26日 - 

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海外企業が日本市場への参入を考えるとき、まず議論されるのは、Go-to-Market の戦略や、採用すべき人材像です。
ですが、nCino 日本法人の立ち上げを担った野村氏が重視したのは、それらとは異なる本質的な視点でした。野村氏いわく、「日本市場で事業を伸ばせるかどうかは、本社と日本側の間に、どれだけ健全な信頼関係を築けるかで決まる――」。

日系・外資系企業での営業経験、大規模組織のマネジメント、そして nCino 日本法人の初代社長就任。野村氏のキャリアを振り返ると、その結論に至った背景がわかるかもしれません。まずは、野村氏自身の歩みと、日本参入を支えるリーダーシップの原点を聞きました。

―― 野村さんご自身のキャリアから教えてください。

野村氏
私は、基本的には一貫してITの営業畑でやってきました。最初は富士通に4年間いて、その後、外資系に移りました。

富士通を辞めようと思った理由のひとつは、営業をやる以上、自分が成果を出したぶんのリターンや評価が、もう少し見える世界に身を置きたいと思ったからです。もちろん大企業には安定している良さがありますし、全員に平等であることの良さもある。でも当時の自分には、そのぶん、頑張っても頑張らなくても差がつきにくいと感じられる部分があり、そこに少し怖さを感じていました。

何に怖さを感じたかというと、環境そのものより、その環境の中で緩んでいく自分でした。営業でありながら、「まあ、売れなくてもいいか」と思い始めてしまうと、自分はきっと弱いほうに流れてしまう。徐々に手を抜き、少しずつさぼり始めてしまうかもしれない。そういう自分を想像したときに、強い抵抗を感じました。だからこそ、自分が本当に組織に貢献できるのかを、より明確に問われる環境に身を置きたいと考えました。

一方で、興味本位な側面もありました。転職サイトに登録してみたところ、外資系企業からいくつか声がかかり、そのなかに EMC が含まれていました。富士通時代から名前はよく知っていましたし、ある種の憧れもありました。華やかな外資系の世界に飛び込んでみたい、という気持ちも、たしかにあったと考えています。

「勝つべくして勝つ」方法を学んだ

―― 外資系に移って、どんなことを学びましたか。

野村氏
実際に飛び込んでみると、想像以上に厳しいものでした。そこで学んだのは、科学的なフォーキャスティングやクロージング、お客さまの組織構造を把握したうえで、勝つべくして勝つための手法でした。そうした法則を身につけることで、アカウントマネジメントやディールマネジメントの精度が向上し、それを再現することもでき、他の案件にも展開することが可能でした。その感覚は非常に興味深く、営業としての手応えを強く実感しました。

一方で、実力主義の現実も非常にシビアなものでした。数字を達成するかどうかで評価が明確に変わる世界であり、簡単に大きな仕事を任されるわけでもありませんでした。自分が組織に貢献できる人間であることを、一つひとつ、立証していかなければなりませんでした。そういう意味で、プロとしての厳しさを徹底的に学んだ時期でもありました。

―― その後は、マネジメントも経験されていますね。

野村氏
はい。成果にも恵まれて大きな部門を率いる立場になったのですが、そこで別の学びを得ました。成果を上げていた営業が、そのまま優れたマネージャーになるとは限らないということです。最初の頃は、「自分はできたのに、なぜできないんだ」と部下を詰めてしまったり、自分で数字をつくれば何とかなるとも考えていました。しかし、それでは誰も育ちませんでした。

実際、部門としてうまく機能しなくなった時期があり、そこで初めて、正しいカルチャーや意思決定基準、信頼関係が先に整っていなければ、数字やビジネス成果は伴わないのだと痛感しました。今の自分の考え方の土台には、その経験があると考えています。

「銀行を知らないからこそ来てほしい」という言葉に背中を押され、
nCino へ

―― そこから、nCino 日本法人の立ち上げに加わるわけですね。

野村氏:
そうですね。ただ、転職の判断自体は、かなり慎重でした。というのも、苦しい局面から逃げるように他の会社へ行く、というような形の転職は避けたかったからです。これまで長く取り組んできたなかで、もちろん順風満帆なタイミングばかりではありませんし、毎クオーター、フォーキャストも求められます。だからこそ、何かが苦しいから離れる、という形にはしたくありませんでした。そうではなく、自分として「やりきった」と思える状態で次に進みたいと考えていました。

実際、前職を辞めるタイミングとしては、とても適切だったと考えています。私がいなくなっても、組織としてきちんと回っていくだろうと感じられましたし、次の世代も育っていました。私がワンマンで引っ張っているだけの組織であれば、抜けた瞬間に崩れてしまっていたかもしれませんが、そうではありませんでした。むしろ、私が抜けることで、組織としてはより強くなる可能性もあると思えました。会社に対して責めたいことは何ひとつない状況で、納得感を持って退職を決めることができました。

一方で、nCino に入ることへの不安は、非常に大きなものでした。人生で初めての経験ばかりでした。SaaS も初めて、銀行マーケットも初めて、スタートアップに近い環境も初めて。今振り返ると、よく飛び込んだなと思えるほどです。

―― それでも、最終的に背中を押したのは何だったのでしょうか。

野村氏:
大きかったのは、インタビュープロセスでした。とくに印象に残っているのは、当時のCEO が、「なぜ私と一緒に働きたいのか」を強い熱意を込めて語ってくれたことです。私としては、銀行マーケットの経験もない自分で本当によいのか、と最終確認したいほどでした。しかし、そのときに言われたのが、「銀行を知らないからこそ、野村さんに入ってほしい」という言葉でした。

銀行業界をよく知っている人ほど、「銀行とはこういうものだから、そんなに一気には変えられない」と、無意識にキャップをはめてしまうことがあります。だからこそ、他の産業で変革を経験してきた人に、その客観性や、変革をどう始めるかの知見を持ち込んでほしい、と。銀行のことは自分たちや仲間が教えるから大丈夫だと伝えてくれました。その言葉は、非常に大きなものでした。自分が足りないと思っていた部分を否定されるのではなく、むしろそこに意味があると言ってもらえたのです。そのことが、最後の後押しになったと考えています。

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日本参入で最初に問われるのは、関係のつくり方

―― その経験は、今の日本市場の見方にもつながっていますか。

野村氏:
つながっています。だからこそ、今あらためて強く思うのは、日本に入ってくる企業には、そもそも日本市場に対するリスペクトがあるかどうかが極めて重要であるということです。そのリスペクトは、面接の場でも必ずにじみ出てくるものです。上から目線で、「できるのか」「本当にわかっているのか」と見るのか、それとも、この市場を一緒に理解しようとするのか。その違いは、その後の関係性を大きく左右すると考えています。

日本参入では、戦略や採用の前に、まずそのような関係を築けるかどうかが問われているのだと考えています。

――  Vol. 2に続く

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